<コラム15> 2013.3


歌うこととエンカウンターグループ

永野浩二

 

 歌うことは子どもの頃から好きだった。小学校の低学年の頃は、好きなアニメの主題歌や歌謡曲をところ構わず歌っている子だった。

小学3年生の頃だったか、教室で、ある番組の主題歌をいつものように口ずさんでいたら、隣にいたクラスメートから、不意に「歌い方が苦しそう」と言われた。その時はあまり気にしていなかった。今みたいに録音機器もあまり普及していない時代で、自分の歌声を、客観的に聞いたことはなかった。

 中学生になる少し前だったと思う。中古のカセットテープレコーダー(古い!)が我が家に来た。ある時、自分の歌を録音したことがあった。聞いてみて衝撃を受けた。

 

(え? 僕の声ってこれ? なんか‥‥聞きづらいし、思ったより上手くない!)

 

 その時、「歌い方が苦しそう」と言っていた友達の言葉の意味がわかった気がした。カセットから流れる声は、男にしては甲高く、しかもか細くて、ひどく貧しい声に聞こえた。私たちは自分の声を耳からだけでなく頭蓋を通しても聞いており、録音機器からの声はそもそも本人には乏しく聞こえる。このことはずいぶん後になって知った。しかし、この時から、「僕の歌声は聞きづらい」「か細くて貧しい」という認識を持った。周囲の目に過敏になり始めていた思春期の自分の中で、このことは、『客観的な事実』となった。

 以後も歌うこと自体は大好きだったが、人前で歌う回数は激減した。それは、ギターを始めて、仲間とバンドを組むようになってからも長く変わらなかった。

 

変化のきっかけはエンカウンターグループだった。

初めて九重のグループに参加した時のこと。年末の九重では、期間中にクリスマスが重なるためパーティが企画されていた。皆でクリスマスソングを歌い、その後、数人が歌を歌った。僕もギターで伴奏をつけたりした。パーティも終わりに近づいた頃、誰かから「永野さんも何か歌いなよ」と声をかけられた。初めは断った(トンデモナイ!)。

でも、数人から「いいぞ~」「歌ってよ」等、笑顔で励まされている内に、ふと、(この場所ならいいか)と思えてきた。皆、酔っ払っているし、何だか楽しいし。

緊張しながら歌ったのは、「伽草子」という短い曲だった。歌い出すと、皆がシンと聴いている。

 

君も少しはお酒を飲んだらいいさ おぼえたての歌を唄ってほしい夜だ

スプーンもお皿も耳をすましてさ 

泣き出しそうな声でもう少しいきますか

(吉田拓郎「伽草子」の歌詞の一部)

 

歌い終わると皆が拍手をしてくれた。ひとりが、「いいねぇ‥‥」としみじみと言った。その時の彼の口調を今でも覚えている。僕の歌を、表現を、この場所で感じていた安心感とお互いのつながりの中でのこの雰囲気を、「いい」と心から思っているのが伝わる気がした。嬉しかった。

以後、人前で歌うことが少しずつ苦でなくなっていった。元々歌うことは好きだったのだ。

 

グループは不思議だ。最も好きなことを取り戻してくれた。自分ひとりの楽しみを取り戻してくれただけでなく、もっと豊かなものを連れて。

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