<コラム16> 2013.4

私にとってのエンカウンター・グループ

大島利伸

 

 私は、小学校の教員をしている。教員になった頃、私を苦しめたのは、先生方の本当に子どもたちを大切にしていないと感じられる振る舞いだった。この苦しさは、私の存在から発せられる声だったように思う。しかし、現場では、誰もそのことに違和感をもっていないように、私には感じられた。だからこそ、私自身がおかしいのではと思い悩んだ。その頃に出会ったのが、カウンセリングのワークショップだった。そのワークショップで出会った教員の多くは、私と同じような苦しみを抱いていた。そこで、私は、自分の感じている思いを信じられた。それが、自分の教育における核になっている。その後、ロジャーズが晩年、エンカウンター・グループの活動に情熱を傾けていたのを知り、エンカウンター・グループに参加しようと思った。最初、エンカウンター・グループの本を読み、エンカウンター・グループでは激しいやりとりもあるのだとの印象をもっていたので、すごい恐怖心の中での参加だったことを覚えている。

 

 エンカウンター・グループの参加を経て、私は、エンカウンター・グループに完全に魅せられた。そこには、本当の意味のリアルさが存在していた。私は、自らを「人嫌いだけど、人が好き」だと思っている。それは、日常の人との関係にわずらわしさを感じることが多いからだ。しかし、エンカウンター・グループを体験するたびに、「人っていいな。」と思う。それは、人が、日常にまとっているいろいろなものを脱ぎ、存在のレベルでかかわった時に、その人の存在に畏敬の念を感じ、私の魂も震える体験をするからだ。多様性や個性を認めることが大切だと言うが、この存在のレベルに出会えた時、自ずと相手に畏敬の念が生まれるのではないかと思う。エンカウンター・グループは、存在のレベルの分かち合いを可能にし、必ず人は分かりあえることを体感させてくれる。


 どんな争いの中にあっても、存在のレベルでの話し合いができれば、きっと分かりあうことができると思える確信こそ、エンカウンター・グループで私が学んだものだ。

 

 私は、職場で人間関係のずれが起こった時でも、最後に、「話し合うことはできますか。」と投げかけている。それは、人が存在のレベルで話し合うことができれば、きっと分かりあえるという確信があるからだ。この確信こそ、私がエンカウンター・グループ体験を通して体得した宝物である。

 

 

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永野浩二
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